Unclassified — Radio 3の深夜に紛れ込む越境地帯

Jana Hornを知ったのは、実はこの番組がきっかけだった。BBC Radio 3、Unclassifiedの過去のプレイリストを掘っていたときに、”By Moonlight”と題されたある回で見つけた「When I Go Down Into The Night」——余白の多いアコースティック・ギターに、まるで自室で独り言をつぶやくような密室的な歌声が乗る、デビュー作『Optimism』(2022年)のラスト曲だ。Apple Musicで実際に聴いてみて良いと思い、記事にした。

Radio 3といえば、言うまでもなく英国随一のクラシック専門局である。BBC Promsを主催し、”世界最大の新作委嘱局”を自認する、いわば西洋芸術音楽の本丸だ。その看板であるクラシックの枠組みでは拾いきれない、しかし音楽性の高いオルタナティブなミュージシャンたちを、日曜深夜にひっそりと一時間だけ紹介する——それがUnclassifiedだ。番組紹介文にはこうある。

Elizabeth Alker with music by an exciting new generation of unclassified composers and performers, breaking free of the constraints of practice rooms and concert halls.

“practice rooms and concert halls からの解放”——この一文自体が、クラシックという制度そのものへの意識的な離反を宣言している。Late JunctionやNight Tracksと並ぶ、局の「型にはまらない音楽」枠の一つだ。番組の顔であり進行役はElizabeth Alkerだが、実際の制作はReduced Listeningという外部の音楽番組制作会社が担っており、各回にはプロデューサーの名前がクレジットされる。たとえば後述する”By Moonlight”回の概要末尾にも”Produced by Geoff Bird / A Reduced Listening production for BBC Radio 3”とある。選曲がAlker一人の耳だけで決まっているのか、それともプロデューサーとの共同作業なのかは公開情報からは判然としないが、少なくとも「彼女一人の手による」と断定するのは正確ではなさそうだ。

イギリスでの本来の聴かれ方は、深夜にラジオへ静かに耳を傾けるというものなのだろう。だが日本にいる自分にとっては事情が違う。放送時間に縛られる必要はなく、過去のプレイリストを能動的に掘り返して、朝の気分転換として曲を探しにいく行為になる。深夜のBGMとして受動的に流れてくる音楽と、朝に自分から掘り当てにいく音楽——同じ番組でも、体験の質はまったく別物なのだろう。

選曲の冒険性——”By Moonlight”を例に

その冒険的な性格が最もよく表れているのが、2026年6月28日放送の回だった。番組概要にはこうある。

Elizabeth Alker offers up a playlist of ambient and experimental sounds inspired by the moon, including a duet from Benjamin Burke and Bear Glass recorded under the night sky in the open desert outside Joshua Tree, California. Jon Hopkins and Ólafur Arnalds, meanwhile, combine forces in a piece inspired by the writings of Erica Bernhard, creative director at NASA; and South Korean multi-instrumentalist Park Jiha makes use of traditional flutes, bells and glockenspiel to conjure an atmosphere of moonlit dreaming. Produced by Geoff Bird. A Reduced Listening production for BBC Radio 3.

「月」という一つの詩的主題だけを手がかりに、13曲、実に80年以上の幅の音楽を一つの流れに溶かし込んでみせる。

1. Belle Chen「Moon-Spotting」 台湾出身、ロンドン拠点のピアニスト。2017年作『Mademoiselle』収録曲。クラシックの語法を出発点に、即興とエレクトロニカで解体していくスタイルの持ち主だ。

2. Eve Maret「Many Moons」 2018〜2019年作『No More Running』収録。アンビエント/実験的な音響作家である。

3. Shape Of The Moon「Safe & Sound」 Balearic/Downtempo系のアーティストで、Marionetteというレーベルからのリリース。

4. Penelope Trappes「Blood Moon」 2021年作『Penelope Three』収録。本人いわく「月は感情を映す神殿のようなもの」——女性性への社会的抑圧をテーマにした曲だ。4ADやKrankyの旧作を彷彿とさせるという評も。

5. Okonski「Dark Moon」 2023年デビュー作『Magnolia』収録。Durand Jones & The Indicationsのメンバーによるジャズトリオ。

6. Jon Hopkins & Ólafur Arnalds「Forever Held」 2024年リリース。NASAのクリエイティブ・ディレクターErica Bernhardが地球から宇宙へ宛てて書いた手紙にインスパイアされた、フルオーケストラ編成の曲。NASAの常設展示”Space For Earth”のために作られた。

7. Park Jiha「Water Moon」 2025年作『All Living Things』のラストを飾る曲。韓国の伝統楽器(笙、篳篥)とグロッケンシュピールで、「誕生から死までの循環」というアルバム全体のコンセプトを締めくくる。

8. Florist「Moon Begins」 2019年作『Emily Alone』収録。ニューヨーク州キャッツキルの「友情から生まれたプロジェクト」。

9. Michiko Ogawa「Pancake Moon」 2025年11月リリースの同名アルバムから。ベルリンとカリフォルニアを拠点とする日本人クラリネット奏者/作曲家で、笙・オルガン・シンセサイザーと環境音を重ねた瞑想的なドローン作品。

10. Jana Horn「When I Go Down Into The Night」 2022年作『Optimism』のラスト曲。テキサス・オースティン録音。

11. Dylan Moon「Deep Time」 2022年作『Option Explore』収録。LA拠点のプロデューサーで、曲名はChristopher M. Bacheの著書の章タイトルから。彼の”姓”が文字通り”Moon”というのが、この選曲の遊び心を物語る。

12. Bon Iver & St. Vincent「Roslyn」 2009年、映画『トワイライト・ニュー・ムーン』のサウンドトラック用に書き下ろされた曲。”New Moon”つながりの選曲と考えられる。

13. Miles Davis「Moon Dreams」 1950年録音、1957年発表の『Birth of the Cool』収録。Gil Evansの編曲による、ノネット期の代表曲のひとつです。

1950年のMiles Davisから2025年11月のMichiko Ogawaまで。ジャンルも国籍も世代も無視して、たった一つの詩的な主題だけで音楽をつなぐ——この編集の自由さこそ、Radio 3という保守的にも見える局の中に生まれた冒険地帯の証だろう。

もう一つの顔——ゲストが選ぶ回

Unclassifiedには”Listening Chair”という企画もある。ゲストのミュージシャンや作曲家自身が選曲を担当する回だ。直近では2026年6月14日、Belle and SebastianのStuart Murdochが一時間丸ごとの選曲を任された。

  1. King Creosote「A Prairie Tale」
  2. Boards of Canada「You Retreat In Time And Space」
  3. Arab Strap「Chat In Amsterdam, Winter 2003」
  4. Mogwai「Tracy」
  5. Heather Leigh Murray「Scorpio And Androzani」
  6. Richard Youngs「The World Is Silence In Your Head」
  7. The Four Brothers「Rudo Chete」
  8. Belle and Sebastian「Everything Is Now (instrumental)」
  9. Andrew Wasylyk & Stuart Murdoch「Private Symphony #2」
  10. James Yorkston & Jon Hopkins「Woozy With A Cider」
  11. The Pictish Trail「Secret Sound #2」
  12. Scatter「National Magic」

こちらは主題ではなく、一人のミュージシャンの音楽的ルーツをそのまま開示させる回。同じ番組が、まったく違う編集原理でも成立してしまう幅の広さがうかがえる。

聴き方について

番組ホームページ:BBC Sounds — Unclassified(※おそらくVPN経由でのアクセスが必要)

ちなみにこの番組、ライブ配信・キャッチアップ視聴のいずれも、イギリス国外からのアクセスでは別ページに飛ばされてしまい、実質的に聴くことができない。それどころか、各回のプレイリスト(曲目一覧)を確認するだけのページ閲覧ですら、イギリス国外からは同様に弾かれてしまう。つまり本記事で紹介したような選曲そのものを知ることすら、VPNを使ってイギリス国内からのアクセスを装う以外に、今のところ手段はなさそうだ。

結び

Late Junctionが週3夜から1夜に縮小されて以降、Radio 3の深夜帯からは優れたオルタナティブ・ミュージックを腰を据えて扱う枠が実質的に失われつつあった。Unclassifiedは、その空白を埋める数少ない存在だ。Elizabeth Alkerというホストと、Reduced Listeningの制作陣が組み立てる選曲は、ジャンルも時代も国境も無視して音楽をつなぐ——この番組がなければ出会えなかった曲は、決して少なくないはずだ。

現に今日も、こうして過去のプレイリストを手繰るうちにDawn of Midiという素晴らしいミュージシャンに出会った。週一回とペースは決して多くないが、これから公開されていく選曲を追いかけるのが今から楽しみである。