一枚のアルバムが残した巨大な遺産:Jeff Buckley の Grace
1997年5月29日、テネシー州メンフィス。セカンドアルバムのレコーディングのために滞在していたJeff Buckleyは、友人とともにミシシッピ川の支流Wolf Riverへと向かった。服を着たまま川に入り、そのまま姿を消した。遺体が発見されたのは6日後のことだった。30歳だった。検死の結果、アルコールも薬物も検出されなかった。服を着たままだったことなど、いくつかの不明点が今も残る。その謎めいた最期が、たった一枚のアルバムを残して去った男の伝説をさらに深めている。
残されたのは、1994年にリリースされたファーストアルバム Grace だった。
異種交配の音楽
Jeff Buckleyは1966年、カリフォルニア州アナハイム生まれ。フォーク歌手Tim Buckleyを父に持つが、幼少期に父と別れ、ほぼ交流はなかった。ニューヨークに移り、マンハッタンのクラブ「Sin-é」での弾き語りライブで頭角を現し、Columbiaレコードと契約。1994年、Grace をリリースした。
Grace という作品が特異なのは、その音楽的な雑食性にある。Led Zeppelinのハードロック的な激しさ、Nina Simoneのソウルとジャズ、パキスタンのカッワーリー歌手Nusrat Fateh Ali Khanの霊的な声の使い方——それらが一人の声と一本のギターによって統合されていた。Buckley自身、自分のプレスバイオにこう書いた。「Nina SimoneとLed Zeppelinの四人全員の歪んだ落とし子」と。
Leonard CohenのカバーであるHallelujahは、その最たる例だ。1984年のCohenによる原曲は、宗教的・詩的な重みを持つ作品だった。Buckleyが直接参照したのは、元Velvet UndergroundのJohn Caleが1991年に発表したカバーバージョンで、シンセサイザーを排したピアノ一本によるミニマルなアレンジだった。Buckleyはそれをさらに異なる解釈で再構築した。官能的で、壊れそうなほど繊細で、しかし圧倒的な感情的強度を持つバージョンとして。今日「Hallelujah」といえばBuckley版を指すほど、そのカバーはオリジナルを超えた。
アルバムの中でも最も詩的な「Lover, You Should've Come Over」は、Buckleyのソングライターとしての側面を最もよく示す一曲だ。声の繊細さと、言葉の密度が共存している。
なぜ英国で愛されたか
Grace はリリース当初、アメリカではほとんど売れなかった。しかし英国での反応は異なった。批評家たちはその異質な完成度を即座に評価し、熱狂的なファンベースが生まれた。David BowieはPulse誌のインタビューで無人島に持っていくアルバムの一枚として Grace を挙げた。Bonoはファンジン Propaganda でBuckleyを「ノイズの海に浮かぶ純粋な一滴」と称し、U2のPopMartツアーでは複数の公演を彼に捧げた。
英国のオーディエンスがBuckleyに惹かれた理由のひとつは、その声の質にある。4オクターブに及ぶ驚異的な音域、感情を声に乗せることへの徹底した誠実さ、ファルセットと低音の間を自在に行き来する技術——それは当時の英国ロックシーンが求めていたものと深く共鳴した。
遺産①:Thom YorkeとFake Plastic Trees
1994年9月1日、The Bends のレコーディング中だったRadioheadとプロデューサーJohn Leckieは、ロンドンのライブハウス「The Garage」でBuckleyのライブを観た。テレキャスター一本とギネス一杯——その夜のBuckleyのパフォーマンスはRadioheadの面々を圧倒した。ベーシストのColin Greenwoodは2016年のインタビューでこう振り返っている。「ただただ圧倒的だった、本当にインスピレーションをもらった」。
翌日、YorkeはスタジオでFake Plastic Treesをアコースティックギター一本で録音した。3テイクを歌い終えた後に泣き崩れた。「あまりにも脆すぎる、使えない」と使用を渋るYorkeをバンドメンバーが説得し、その録音がそのまま最終バージョンになった。プロデューサーのLeckieはこう語っている——「ファルセットで歌っても媚びた音にならないと気づいた」。
遺産②:Chris MartinとShiver
ColdplayのChris Martinは、2008年のBBC Radio 1のインタビューで、デビューシングル「Shiver」(2000年)についてこう語った。「あれはあからさまなJeff Buckleyの模倣だ。21歳のときで、彼はヒーローだった。ああいうものは滲み出てくる」。
また別のインタビューでは、自分たちのバンド結成そのものへの影響についても言及している。「バンドを結成するきっかけになった重要人物のひとりはおそらくJeff Buckleyだ。彼の音楽は僕たちにとって衝撃的だった。少なくとも最初の数枚のシングルは、実際に彼に似て聴こえようとしていた」。
彼の声が届いた場所——その他の証言
RadioheadとColdplayだけではない。Grace が残した影響の射程は、世代も国境も超えていた。
Jimmy Page(Led Zeppelin) 2003年のインタビューで「Jeff Buckleyほど自分に衝撃を与えたものはない」と語り、Page自身がBuckleyのライブを観に行った際は「恐ろしいほどだった」と述べた。標準チューニングで信じられないプレイをする姿に「本当に賢いんだな、と思った」とも。
Elton John Mojo誌で史上最高のアルバムを問われ、Grace を挙げて「別の惑星から来た誰かが作ったアルバムのようだ」と語った。
Bono(U2) ラジオでHallelujahを聴きながら「ただただ嫉妬した。生のうらやましさだ」と語り、Buckleyの22秒に及ぶブレスコントロールに言及して「歌い手として、本当に謙虚な気持ちになった」と述べた。
Chrissie Hynde(The Pretenders) 「彼は本当に素晴らしいギタリストだった。歌が上手くてソングライターだと、ギターの腕が見過ごされがちだけど、あの夜のジャムで私たちは完全に吹き飛ばされた」。
Matt Bellamy(Muse) BuckleyがライブやレコーディングでメインとしていたFender Telecasterを遺品から購入した。「壁に飾るためではなく、実際に使って、このギターを音楽の一部であり続けさせるために買った。それがJeffの望みだったと信じたい」。
未完の可能性
Buckleyが亡くなったとき、セカンドアルバム Sketches for My Sweetheart the Drunk のレコーディングは始まったばかりだった。残されたデモとスタジオ録音は、死後に編集盤としてリリースされたが、それが完成形ではないことは誰の耳にも明らかだった。
Grace 一枚だけで、Buckleyはブリティッシュロックの歴史を変えた。アメリカ人として、英国のシーンの核心に触れ、Radioheadの名曲を生み、Coldplayの原点となった。もし彼が生きていたら——その問いに答えることは誰にもできない。だからこそ、Grace は今も鳴り続ける。




