クラシックは退屈? 28分かけて心の最深部に届く、ゲオルグス・ペレーツィスの奇跡
「クラシック音楽って、曲が長くて退屈だし、なんだか敷居が高い……」
そう思っている人にこそ、どうしても聴いてほしい一曲があります。
ラトビアの現代作曲家、ゲオルグス・ペレーツィス(Georgs Pelēcis)が遺した『Nevertheless(ネヴァーザレス)〜ヴァイオリン、ピアノと弦楽オーケストラのための〜』。約28分というこの長い旅路の果てには、3分のポップスでは決して味わえない、震えるような感動が待っています。
この曲を聴くなら、ぜひヴァイオリンにギドン・クレーメルを迎えたこの録音をお勧めします。ラトビア出身の彼は、旧ソ連時代からの数々の難関コンクールを制し、現代最高のヴァイオリニストの一人と称される巨匠。作曲家自身から直接この曲を託され初演した張本人でもあり、まさにこの曲のために生まれてきたような演奏を聴かせてくれます。
クラシック音楽は「山登り」である
なぜクラシックは「退屈」と言われてしまうのでしょうか。それは、私たちが普段、サビで一気に最高潮を迎えるポップス(=平地のドライブ)に慣れているからかもしれません。
クラシック音楽を聴くことは、「山登り」によく似ています。
ふもとを一歩一歩踏みしめて歩いているときは、地味で、少し息が切れるような、変化の少ない時間に感じることもあります。しかし、その「歩み」のプロセス自体に、草花の美しさや風の心地よさといった、静かな楽しさが満ちています。そして何より、苦労して登り切った頂上(クライマックス)で目の前が開けた瞬間の圧倒的な絶景は、最初から車で一瞬で連れて行かれた景色とは、比べものにならないほどの感動をもたらします。
『Nevertheless』は、まさにそんな山登りの快感を教えてくれる名曲です。
絶望と希望の対話から、音楽は光へ向かう
この曲の魅力は、明確な「ドラマ」が音の中で展開される点にあります。
これは、シューベルトやベートーヴェンの交響曲とは決定的に違います。彼らの曲は、いきなりオーケストラが鳴り響く「予告編」とも言うべきテーマの提示から始まり、そこからクライマックスに向けて壮大に展開していくソナタ形式という技法を用いています。しかし『Nevertheless』は、そうした大きな仕掛けを使いません。約28分という時間の中に、始まりから終わりまで、すべてのドラマがぎゅっと詰まっているのです。
孤独な対話から始まる
冒頭、ヴァイオリンとピアノが交互に、どこか哀愁を帯びた、物憂げなメロディを紡ぎ出します。まるで暗闇の中で二人の人間が、ぽつり、ぽつりと静かに対話をしているかのようです。
オーケストラの参入
二人の対話が続くうちに、背景に控えていた弦楽オーケストラが、さざ波のように優しく、しかし確実に合流してきます。世界が少しずつ広がり、色彩を帯びていく瞬間です。
ピアノが告げる、決定的な「イエス」
何度も同じ旋律を繰り返しながら、音楽は徐々に、光に満ちた長調へとシフトしていきます。3度にわたる情熱的な語りかけの果てに、ピアノがそれまでの迷いをすべて吹き飛ばすような、肯定の響き(=「イエス」)を美しく響かせるのです。沈んでいたものが、ゆっくりと水面へ浮かび上がっていくような瞬間——ここから音楽は一気に、ドラマのクライマックスへと動き出します。
作曲家ペレーツィス自身、この曲についてこう語っています。「真の幸福とは、分かち合われた幸福だから」。3度の説得を経て、ようやく心を開いたピアノの「イエス」には、まさにこの思いが込められているのです。
なぜ「28分」必要なのか? 短尺文化への静かなアンチテーゼ
今の時代、15秒のショート動画や、サビから始まる3分のポップスが主流です。タイパ(タイムパフォーマンス)が重視され、私たちは「すぐに結果が出るもの」ばかりを消費しがちです。
しかし、ペレーツィスがこの曲に込めた「28分」という時間は、そうした現代の短尺文化に対する、静かで力強いアンチテーゼ(反論)のように思えます。
時間をかけるからこそ、生まれるカタルシスがある。
もしこの曲が3分に凝縮されていたら、あのピアノの「イエス」の響きに、私たちは涙ぐむほどの感動を覚えないでしょう。20分以上かけて、じわじわと、丁寧に「ためて」きたからこそ、最後に解放されたときのカタルシスが爆発するのです。時間を味方に味わせる感情のグラデーションは、クラシックというフォーマットだからこそ可能な表現です。
結び:これは「クラシックだからこそ」体験できる感動
『Nevertheless』という言葉には、「それにもかかわらず」という意味があります。
人生には悲しいことや、思い通りにいかないことがたくさんある。「それにもかかわらず(Nevertheless)」、世界はこんなにも美しく、肯定に満ちている。
この曲が教えてくれるのは、まさにそのメッセージです。
「クラシックは退屈」と決めつける前に、ぜひ一度、28分間だけ他のすべてを手放して、この曲だけに向き合う時間を作ってみてください。効率やながら聴きから離れ、ただ音楽とだけ向き合う——そんな贅沢な時間を自分に許すことこそが、この曲を味わう一番の近道です。聴き終えたとき、あなたの世界の見え方が、少しだけ優しく変わっているはずです。
