境界を越える二人の女性チェリスト : Anne MüllerとClarice Jensen

1. エレクトロニカの先にある、生楽器ドローンの悦楽

Graham Richardsonがエディンバラから発信するプロジェクト「Last Days」のアンビエントは、デジタルで緻密に組み上げられた箱庭的な美しさを持っている。シンセとフィールドレコーディングが静かに絡み合い、聴き手を包み込む——その完成度は本物だ。

しかし、アコースティック楽器の物理的な振動が、エフェクト処理や空間と交じり合う瞬間には、電子音だけでは到達できない何かがある。弦が空気を震わせ、その倍音がデジタルの霧の中で輝く——そういう音に、思わず鳥肌が立つことがある。

今回焦点を当てるのは、クラシックの素養を持ちながら、その境界を鮮やかに越えた二人の女性チェリストだ。片や、グリッチとチェロの衝突から生まれる疾走感。片や、音響の深淵に沈み込む極上のドローン。アプローチは対照的でありながら、どちらも「生楽器発のアンビエント」という同じ場所に辿り着いている。

Last Daysのアルバム『Windscale』について

Last Daysの6作目『Windscale』(2023年)は、イギリス史上最大の核災害——1957年にノースウェスト・イングランドで起きたウィンドスケール原子炉火災事故——をテーマにしたコンセプトアルバムだ。各トラックが事故の時系列に沿って音でドキュメントしていく。核エネルギーへの期待、炉心の火災、そして放射性降下物——メランコリーと哀悼、静かな警告が共鳴する一枚だ。本作ではチェロを含むアコースティック楽器が電子的なテクスチャーに織り込まれており、エレクトロニカの側からアプローチするアーティストもまた、生楽器の引力から逃れられないことを示している。

Last Days - 200 Square Miles

2. 異能の境界線:Anne Müller(アンネ・ミューラー)

Erased Tapesという場所

ベルリンを拠点に活動するチェリスト、アンネ・ミューラー。フランクフルト音楽舞台芸術大学でチェロを修めた後、ベルリンの複数のオーケストラで奏者として活動した正統派のクラシック出身者だ。

彼女の名が世界的に知られるようになったのは、ポスト・クラシカルの重要レーベル「Erased Tapes」との関わりがきっかけだった。Nils FrahmやÓlafur Arnaldsを擁するこのロンドン発のレーベルは、クラシックとエレクトロニクスの境界線を意図的に曖昧にすることで独自の音響世界を切り拓いてきた。ミューラーはそのコミュニティの最初期から、コラボレーターとして重要な役割を果たしてきた。

また、彼女はシンガーソングライターのAgnes Obelとの長期パートナーシップでも知られており、5年間のツアーと2枚のアルバムに参加している。

『7fingers』——グリッチを切り裂くチェロの疾走

Nils Frahm & Anne Müller『7fingers』(2011年、Erased Tapes)

これは傑作だ。と同時に、アンネ・ミューラーの作品群の中でも極めて特異な一枚でもある。

本作でFrahmが担うのは、ピアニストとしての役割ではない。ループ、サンプル、そして容赦ないグリッチ——彼はエレクトロニクスの仕掛け人として、チェロの前に「抵抗」を置く。その抵抗の中を、ミューラーのチェロが輪郭を失わず、くっきりとした線を描きながら疾走する。

この感触は、Nils Petter Molværのトランペットがエレクトロニクスの霧を切り裂く爽快感に近い。グリッチが打楽器的なグリッドを形成し、その上をチェロが横断する——有機物と無機物が火花を散らす、唯一無二の音響体験だ。

ミューラーのチェロは、アンビエントに溶け込まない。それどころか、グリッチという障壁を前にして、より鮮明にその存在を主張する。これが本作最大の魅力だ。

Nils Frahm & Anne Müller - 7fingers

⚠️ 重要な注意点

ただし、正直に言わなければならない。アンネ・ミューラーの作品で本当に震えるのは、この『7fingers』だけだ。

2019年にErased Tapesからリリースされたソロデビュー作『Heliopause』は、チェロのみによる内省的な作品で、Frahmとの衝突から生まれる疾走感は影をひそめる。チェロは前面に出るが、それを押し返す「抵抗」がない分、推進力を失う。『7fingers』のヒリついたグリッチ感を期待して聴くと、肩透かしを食らうだろう。

あくまで『7fingers』は「Frahmとの化学反応によって生まれた奇跡の一枚」として、そのコンテクストと共に聴いてほしい。

3. 深淵なる残響の構築者:Clarice Jensen(クラリス・ジェンセン)

ジュリアードからMax Richterへ

ニューヨーク拠点のチェリスト・作曲家、クラリス・ジェンセン。ジュリアード音楽院で学士・修士を修めた後、現代音楽アンサンブル「ACME(American Contemporary Music Ensemble)」の芸術監督として、Philip GlassやSteve Reich、Terry Rileyの作品を現代に蘇らせてきた。

コラボレーターとしての顔も幅広く、Björk、The National、Jóhann Jóhannsson、そしてMax RichterのSleep(2015年)の録音にも参加している。8時間に及ぶこの大作で弦楽を支えたことは、ジェンセンが「アンビエントと生楽器の交点」に意識的に立ってきたことを示している。

ソロ作品では、チェロをループとエレクトロニクスのエフェクトチェーンで重ね、即興的に処理することで独自のドローン音響を構築する。その音楽は瞑想的でありながら、彫刻的な鋭さを持ち、安易なニューエイジとは一線を画す。過去作のThe experience of repetition as death(2020年)やEsthesis(2022年)もいずれも水準の高い作品だ。特に、よりアンビエント寄りの作風を求めるならばEsthesisから入ることをお勧めする。

『In holiday clothing, out of the great darkness』——別格の一枚

Clarice Jensen『In holiday clothing, out of the great darkness』(2025年、130701/FatCat Records)

過去作にも良作が揃うジェンセンだが、この最新作は別格だ。

本作はMax RichterとパートナーのYulia Mahrが共同設立した「Studio Richter Mahr」(オックスフォードシャー)で録音された。単なるロケーションの話ではない。単なるロケーションの話ではない。リヒターといえば、ヴィヴァルディの「四季」をミニマル・ミュージックの手法で大胆に解体・再構築した『Recomposed』で世界的に知られるようになった作曲家だ。バッハやヴィヴァルディといったクラシックの名作を現代的な視点で読み直すことを得意とする彼のアプローチを、ジェンセンは本作で明確に継承している。JSバッハの組曲をミニマル的に解体し、ループと電子処理で再構築する——師の方法論を受け継ぎながら、チェロ奏者としての固有の声で昇華させた一枚だ。

一曲目から、電子音でブーストしたようなベーストーンと不規則なシンセパッドがチェロに絡みつく。その音像のクオリティが異常なほど高い。チェロの胴鳴り、エフェクトの広がり、スタジオの空気感——これはいいオーディオ環境で聴くほど、その豊かさが際立つ録音だ。

そして、この音楽は「家具」になりきる。Brian Enoが「家具の音楽」として定義したアンビエントの理想——積極的に聴くことも、無視することもできる音——を、チェロという生楽器で体現している。ジェンセンのチェロはその「チェロらしさ」を手放し、音響空間そのものになる。

NPRが2025年の年間ベストアルバム(全ジャンル横断)12作品に選出したのも、伊達ではない。

Clarice Jensen - In holiday clothing, out of the great darkness – Part 1

4. まとめ:デジタルとフィジカルの幸福な境界線

Last Daysのように、エレクトロニカの側から静謐な世界へアプローチする音楽も確かに素晴らしい。デジタルで構築された持続音には、その精密さゆえの美しさがある。

しかし、アンネ・ミューラーが『7fingers』で見せたグリッチとチェロの衝突、そしてクラリス・ジェンセンが極上の音響空間で証明したチェロというアコースティック楽器のドローン効果——これらは、演奏者の肉体と楽器の物理的な振動があるからこそ到達できる、もう一つのアンビエントの極致だ。

二人の越境の仕方は対照的だ。ミューラーはFrahmという他者との衝突を経由して越境し、ジェンセンは自らエフェクターを手にして越境した。辿り着いた場所も異なる——ミューラーのチェロはアンビエントを切り裂き、ジェンセンのチェロはアンビエントに溶け込む。

それでも二人は、同じ問いに答えている。チェロは、どこまで行けるのか。