フロアの熱狂から、静寂の祭壇へ——Jon Hopkinsの変容

地を這うような重低音、脳をハックするような緻密なグリッチ、 tender して狂気的なビルドアップ。2013年、Jon Hopkinsの『Open Eye Signal』は世界のクラブフロアを文字通り粉砕し、彼を165公演を超える過酷なワールドツアーへと連れ出した。

しかし、それから11年後。2024年の彼が鳴らしているのは、重い4つ打ちのキックではなく、宇宙の静寂と優しく溶け合うストリングス——NASAの宇宙展示のための音楽であり、月面に送られるタイムカプセルだった。

彼はなぜ、フロアの熱狂を捨てて「静寂の祭壇」へと向かったのか?その変容の裏には、燃え尽き、精神的探求、そしてある委託(コミッション)仕事がもたらした必然のドラマがあった。

1. 音楽的秀才の出発点——ピアニストから電子音楽へ

Jon Hopkinsはロンドン生まれ。幼い頃から音楽的な才能を示し、16歳でロンドンの王立音楽院(Royal College of Music)の土曜プログラムに通う。そこでラヴェルのピアノ協奏曲ト長調を弾いてコンチェルトコンクールに出場し、優勝を果たした。

しかしその体験が、皮肉にも彼をクラシックピアノの世界から遠ざける。

「大きなコンサートで、あんなに緊張したことは人生で一度もなかった。あのように感じる必要はないと思った」

後年のインタビューで振り返っており、その後クラシックの演奏会には出なくなった。代わりに17歳で電子音楽に転向——5年間のピアノ修練で培った音楽的素養を、スタジオという内省的な空間へと持ち込んだ。

この若い頃のエピソードは、のちに2万人を前にしたグラストンベリーでの大規模ライブが彼にもたらした消耗と、どこかで地続きかもしれない。本人がそれを直接結びつけた発言はないが、大勢の聴衆を前にしたパフォーマンスへの神経的な負荷に対して、早い段階から敏感だったことは伺える。

皮肉なことに、人前での演奏から逃れるように向かった電子音楽の世界で、彼は再び大勢の聴衆の前に立つことになる。ただし少なくともツアーの初期においては、それは強制ではなく自発的な選択だった。「Immunityは自分のキャリアを変えた。500キャパの会場から5000キャパへ一気に跳び上がった」と振り返り、制作を終えると「世界中を演奏して回れるのが嬉しい」とも語っている。レーベルのDominoも「アーティストが好きなだけ時間をかけることを喜んで許してくれる、決して急かさない」レーベルだとホプキンス自身が評しており、外部からの圧力があった形跡はない。成功の引力に自ら引き込まれた結果として、かつてクラシックの演奏会で経験したのと同種の消耗を、より巨大なスケールで再び引き受けることになったのだ。

2. IDMの傑作——『Open Eye Signal』と『Immunity』(2013)

王立音楽院仕込みのピアノ技術を電子音楽の文法に昇華させながら、Brian EnoやColdplayとのコラボレーション、映画音楽、そしてKing Creosoteとの共作『Diamond Mine』(Mercury Prizeノミネート)などを経て、ホプキンスは2013年に4枚目のアルバム『Immunity』をリリースする。

収録曲『Open Eye Signal』は、1979年製Korg MS-20を使って制作されたメインリフだけに4ヶ月を費やした8分間の大作だ。その緻密な構築と解放の快楽は、クラブミュージックとしての機能性と、IDMの実験性を高次元で両立させた。

アルバム『Immunity』はMercury Prizeにノミネートされ、のちにPitchforkの「IDMベストアルバム50」に選出されるなど、エレクトロニカ史に残る傑作として評価されている。Mixmagは「有機的なテクノと精緻なミニ交響曲のアルバム」と称した。アルバム後半にはアンビエント寄りのトラックも収められており、リズムから静寂へという振れ幅はこの時点ですでに彼の音楽的な核心にあった。

しかしこの成功が、彼に大きな代償をもたらす。

Jon Hopkins - "Open Eye Signal"

3. ライブという消耗——深夜、時差、アドレナリンのサイクル

Immunityツアーのライブセットは、音楽的な操作という意味では、KaossパッドなどでリアルタイムにトラックをコントロールするDJ的なスタイルが中心だ。しかしショーの規模と演出は別の話だった。LEDフラフープパフォーマーのチーム、巨大プロジェクション、ストロボ、レーザーを組み合わせた没入型の大規模演出とともに、グラストンベリーのパークステージで2万人を前にヘッドライナーを務めるまでになっていた。

加えて、アルバム制作自体もすでに彼を消耗させていた。ホプキンスは「Immunityを作り終えたとき、音楽的にかなり燃え尽きていた」と自身のウェブサイトで振り返っている。そこへ165公演以上のツアーが重なった。

疲弊の本質は演奏技術的な負担ではなく、深夜のクラブやフェスで最大限のアドレナリンを放出し続け、時差を繰り返す生活リズムの破壊にあった。

「夜中に最大限のアドレナリンを出す生活と時差の繰り返しで、適切に休む能力を失ってしまった」

と本人は語っている。16歳のコンクールで経験した大規模なパフォーマンスへの神経的な負荷が、2万人規模のライブで再び積み重なっていた可能性は否定できない。


4. 燃え尽きと精神的探求——瞑想、そしてDMT

この疲弊を前に、ホプキンスはBillboard誌のインタビューでこう語っている。「疲弊が極限に達した。このままでは続けられないと感じ、超越瞑想(TM)に1ヶ月間深く取り組んだ」。

それ以前から彼はクンダリーニ瞑想(呼吸法・マントラ・ポーズを組み合わせたヨガ由来の瞑想技法で、意識の変容を促すとされる)やセルフヒプノシス(自己催眠——深いリラクゼーション状態を自ら誘導する技法で、ツアー中の緊張緩和に使っていたという)などを実践していたが、Immunityツアーの消耗をきっかけにTMへと移行し、以後は日課となった。

超越瞑想(TM)とは マントラを心の中で繰り返すことで思考を静め、深い休息状態へと自然に入っていく技法。身体的な動きや呼吸制御を伴わず、椅子に座ったまま行えるシンプルさが特徴で、前述の二つの技法とは異なり、特定の資格を持つ指導者のもとで習得する必要がある。

そして35歳のとき、長年の瞑想実践に裏付けられた準備のもとで、初めてDMTを体験する。

DMT(ジメチルトリプタミン)とは 植物に自然に含まれる強力な幻覚物質で、アヤワスカの主成分でもある。10分ほどの短い体験の中に、通常の意識では到達できないほど深い変容をもたらすとされ、「最も強烈なサイケデリック体験」と称されることが多い。

「あの体験が、すべてを変えた」と彼は振り返る。「意識の拡張状態を何度も経験するうちに、音楽が向かうべき場所が変わっていくのは自然なことだった」。

5. 自己暗示として降りてくる音楽——潜在意識と創作の関係

ここで少し立ち止まって、ホプキンスの創作スタイルそのものについて触れておきたい。

複数のインタビューを通じて、彼は一貫してこう語っている。

「私は何も計画しない。ただ直感的に一本の糸を追いかけていくだけで、曲が何について書かれたものかは後からわかる」 「プロセスの背後に、自分から来たとは思えない奇妙な知性のようなものがあった」 「何年も前に作ったものを聴き直すと、あの音は何だと自分でも驚くことがある。どうやって存在するようになったか説明できない音がほとんどだ」

この制作スタイルは、瞑想やDMTによって意識的な自我を脇に置き、潜在意識から音楽を引き出すという行為と地続きだ。TMについても「潜在意識の深いところに漂うアイデアを引き出すのに非常に役立つ」と語っている。

ここに一人の画家の名前が浮かぶ。スウェーデンの画家ヒルマ・アフ・クリント(Hilma af Klint, 1862–1944)だ。彼女は1906年に交霊会での霊的体験を受けて抽象絵画を描き始め、カンディンスキーより前に抽象絵画の先駆者となったことが近年再評価されている。「高次の存在から絵を描くよう委託された」と信じて制作された彼女の作品は、意識的な自我を超えた何かから受け取るという感覚において、ホプキンスの語り口と共鳴する部分がある。

もちろん、霊的な受信を信じていたアフ・クリントと、瞑想や神経科学的な文脈で潜在意識を語るホプキンスでは、枠組みはまったく異なる。しかし「意識的な計画を手放したとき、自分の外側から来るような何かが作品を導く」という体験の構造は、驚くほど似ている。

ホプキンスの変容を辿るとき、それが単なる音楽的方向転換ではなく、自己暗示的な感受性を持つ人間が、瞑想とサイケデリック体験を通じて潜在意識へのアクセスを深めた結果として起きた必然だったという可能性を、否定することは難しい。

ヒルマ・アフ・クリント財団のホームページ

6. 内省の深化——『Singularity』(2018)

この内省の時期から生まれたのが、5枚目のアルバム『Singularity』(2018)だ。聖歌を取り込んだトラックも交えながら、Immunityですでに示されていたリズムから静寂への振れ幅を、よりサイケデリックな文脈のもとでさらに深めた作品だ。決定的な様式の転換というより、Immunityの延長線上で内省の度合いを増した一枚として聴くことができる。ホプキンスはこのアルバムの構造をサイケデリック体験の弧——混沌から清澄へ——と重ねて語っている。

「アルバムは通しで聴かれるべきものとして作った。ストリーミング時代の、すぐ別の曲に飛ぶ聴き方への抵抗でもある」

GrammyにノミネートされたこのアルバムはUKチャートトップ10に入り、再び彼を数百公演のツアーへと引き込んだ。そして2019年末、睡眠不足と疲弊は再び限界に達する。「コロナがなければもう少し続けていたかもしれない。でも、宇宙に手を引かれた気がした」と本人は語る。

Jon Hopkins - Everything Connected

7. 完全なアンビエントへ——セールスよりも音楽を選んだ時期

Singularityまでついてきたダンスフロア系のファン層を念頭に置けば、この後の2枚のアルバムはある種の決別だった。ホプキンスはビートを完全に手放し、純粋なアンビエント作品へと舵を切る。チャートの数字はその代償を正直に示している——しかしホプキンス自身はそれを意に介さなかった。「商業的成功を一切考えずに作った」という言葉通り、Immunityとその後の成功によって、彼はすでに好きな音楽を作れる経済的・精神的な余裕を手にしていたのだ。

『Music for Psychedelic Therapy』(2021)

パンデミックによる強制停止と、エクアドルのタヨス洞窟探検という体験、精度高きケタミンセラピーとの関わり。これらが重なり、ホプキンスは初めてドラムを一切排除したアルバムを制作する。

1時間を超える本作はケタミントリップの平均時間に合わせて設計されており、リリース後すぐに実際のサイケデリック療法の場でセラピストやクライアントに使われはじめた。

サイケデリック療法とは 禅的な瞑想で欲を手放すような漸進的なプロセスとは異なる。ケタミンやシロシビン(マジックマッシュルームの主成分)などの物質を用いて通常では到達できない意識変容状態を短時間で引き起こし、トラウマの解消や自己認識の転換を促すという、より急激で医療的なアプローチだ。ホプキンスはリリース前からインペリアル・カレッジ・ロンドンのシロシビン臨床試験のための音楽体験も手がけており、このアルバムはその延長として設計されている。

UKアルバムチャートでは最高30位・2週間のチャートインにとどまり、Singularityの6位と比べると大きく後退した。しかしチャートには表れないところで、この作品は確実に生きていた——セラピストや利用者からの大量のフィードバックを受け、ホプキンスはウェブサイトにトリップレポートのページを設けるほどだった。

ここで注目したいのは、ドラムの排除が単なる音楽的選択にとどまらない可能性だ。複雑なリズムグリッドの上に音を精緻に配置していくというImmunityやSingularityの制作スタイルは、膨大な時間と論理的な判断を要する作業だ。それを手放し、持続音やドローンを中心とするアンビエントへ移行したとき、制作の性質は根本的に変わる——音はリズムの格子に縛られることなく、直感の動きにそのままついてくる。「この作品では意識的な計画を一切しなかった」とホプキンスは振り返っている。瞑想のための音楽を作るという目的と、アンビエントという形式と、潜在意識を信頼するという創作姿勢の三つが、この時期に初めて完全に一致した。

Jon Hopkins - Music For Psychedelic Therapy (Excerpt)

『RITUAL』(2024年8月)

2022年のDreamachine委託作品を胚として、2023年後半に発展した41分8章構成の大作。「祭壇(altar)」に始まり「失われるものは何もない(nothing is lost)」で静かに終わるこの作品は、ホプキンス自身の希望では一つの連続した体験として聴かれるべきものだ(8つへのトラック分割はレコード会社の要請による)。洞窟のような重低音、催眠的なドラム、昇華するメロディが織り重なる、セレモニアルな大作である。

ロンドンで開催されたDreamachine——ストロボスコープ光によって目を閉じたまま幻視体験を引き起こす没入型インスタレーション——の音楽として委託されたことが出発点だ。Abletonのインタビューでホプキンスは、

「その性質上、かなりウォームでアクセスしやすいものにならざるを得なかった」

と語っており、没入型体験という依頼の制約が彼の音楽に新たな温かさをもたらし、それがRITUALへと昇華した。

チャートはUK最高51位にとどまり、Music for Psychedelic Therapyよりもさらに後退した。しかしRA誌は「巧みに作られており、感覚を研ぎ澄まし、内省を促す」と称賛し、Under the Radarは10点満点中8.5点を与えた。「委託仕事がアーティストの新しい扉を開ける」——Dreamachineという他者の内的体験をガイドするための音楽が、結果として彼自身の最も個人的な芸術へと昇華した。

Jon Hopkins - RITUAL (evocation) (Official Video)

8. ポストクラシカルとの邂逅——アイスランドの作曲家たちとの共作

RITUALを経て、ホプキンスのアンビエント作品はさらに新たな局面を迎える。アイスランドのポストクラシカル系作曲家たちとの共作を通じて、ドローンや電子音を基調とした内省的なアンビエントから、ストリングスやピアノを前面に立てたシンフォニックで壮大な音楽世界へと親和性を高めていった。

『Forever Held』——オーラヴル・アルナルズと(2024年10月)

RITUALから約2ヶ月後に発表されたシングル。共作者のオーラヴル・アルナルズ(Ólafur Arnalds)はアイスランド出身のマルチ奏者・作曲家で、ネオクラシカルとエレクトロニクスを融合させた繊細なサウンドで国際的に高い評価を受けている。

この曲はワシントンD.C.のNASA本部に設置された一般向け初の没入型展示『Space for Earth』のために書き下ろされたもの。宇宙から地球を見た宇宙飛行士が体験する「概観効果(オーバービュー・エフェクト)」——地球の美しさと脆さへの圧倒的な気づき——を音で体感させるための演出音楽だ。

Music for Psychedelic TherapyやRITUALがドローンや持続音を基調としたアンビエントだったとすれば、Forever Heldはそこから一歩踏み出した趣を持つ。アルナルズによる豊かなストリングスアレンジが全面に広がり、宇宙的なスケール感と温かな包容力を持つ壮大なイメージを喚起する。アンビエントの静寂を保ちながらもフルオーケストラの響きによって感情的な解放をもたらすこの曲は、彼のアンビエント作品のキャリアの中でも屈指の傑作と言えるだろう。

この曲の波形データはNanoFicheディスクに刻印され、NASAのアルテミス計画の一環として月面に永久保存される予定だ。

そして興味深いのは、Coldplayとの縁の繰り返しだ。2008年、ホプキンスはViva la Vida制作セッション中にクリス・マーティンへ自作曲を聴かせた。その曲「Light Through the Veins」がアルバム1曲目「Life in Technicolor」のイントロとして採用され、Coldplayの代表作の幕開けを飾ることになった。それから16年後の2024年、Forever HeldがColdplayのアルバム『Moon Music』のオープニングを飾る。ホプキンスのキャリアは節目ごとにColdplayという巨大なポップの鏡に映し出されてきた。2008年の「Light Through the Veins」がエレクトロニカの気鋭のみずみずしいアンビエントだったとすれば、2024年の「Forever Held」は、燃え尽き・瞑想・サイケデリック体験・委託という数々の変容を経た果ての、宇宙スケールの静寂だ。

Jon Hopkins - Forever Held (Official Video)

『Wilding』——Biggi Hilmarsとの共同サントラ(2026年)

彼の変容の旅は2026年の現在も、新たな外的文脈との交差を見せている。2026年にリリースされたドキュメンタリー映画『Wilding』のサウンドトラックへの参加だ。本作は、英国サセックスの荒廃した農場に本来の生態系を取り戻す「リワイルディング(再野生化)」プロジェクトの18年間にわたる軌跡を追った映像作品である。

ホプキンスは本作にメインの共同制作者として名を連ねているが、全面的なニューアルバムではなく、アイスランドの映画音楽家・作曲家であるビッギ・ヒルマーズ(Biggi Hilmars)との共同プロジェクトという形をとっている。全13曲(31分)の構成だが、トラックリストを精査するとヒルマーズの単独曲も多く含まれており、ホプキンスの関与は部分的だ。また、4曲目の「New Land」のように、2013年の『Immunity』期の楽曲が再利用されている点からも、本作が映画のための委託仕事(コミッションワーク)の延長線上にあることがわかる。

音楽的には、ホプキンスが電子処理や幻想的なシンセを、ヒルマーズがドラマティックなストリングスやピアノなどのオーケストラテクスチャーを主に担当するという役割分担がなされている。「Wilding Theme」でホプキンスがリード音として使ったのは、自身の声をエフェクト処理して古代の木管楽器のような音に変えたものだ。この異質な電子音響が、ヒルマーズの紡ぐネオクラシカルな壮麗さと融け合い、自然ドキュメンタリーとしての世界観に独特の深みを与えている。

『Forever Held』以来のポストクラシカル勢との親和性が、映画音楽という職能的なフォーマットを通じてさらに実務的に深められた作品と言えるだろう。

Jon Hopkins - Wilding Theme (Official Audio)

結び:音楽は「薬」であり「空間」であり「儀式」である

Open Eye Signalのグリッチが世界のフロアを揺らしてから11年。Jon Hopkinsは今、フロアの熱狂とは対極の場所で音楽を作っている。

しかしその軌跡を辿れば、それは矛盾ではなく必然だったことがわかる。燃え尽きが瞑想を呼び、瞑想がDMTへの扉を開き、サイケデリック体験が音楽の目的を書き換え、委託仕事が新しい表現の地平を拓いた。

「音楽は薬であり、空間であり、儀式である」——その確信を深めながら、彼はフロアから祭壇へ、地球から宇宙へと、その音楽の射程を静かに広げ続けている。

そして今、アイスランドのポストクラシカル系作曲家たちとの共作を通じて、ホプキンスの音楽はさらに新たな変容の途上にある。電子音楽の文法で培ってきた内省と、ストリングスやピアノが紡ぐシンフォニックな壮大さが、今後どのように融合し深化していくのか。振り返れば先に紹介した画家であるヒルマ・アフ・クリントも霊的儀式を通じて宇宙から降りてくるイメージをそのまま絵にしていたと自分の作品について語っていた。ジョンホプキンスのNASAのプロジェクトもそうした親和性が参加に影響した可能性もある。彼はより自己暗示的なインスピレーションの世界を探求していくのだろうか。