Animal CollectiveからSonic Boomとのコラボレーションまで:Panda Bearのもつ先鋭性

当時FatCat Recordsをよくチェックしていた。Sigur RósやMúmを追いかけていた流れで、レーベルのホームページで音源を確認していたときに出会ったのがAnimal Collectiveの『Feels』だった。最初の印象は「うるさい」――それだけだった。私が音楽に求めていたのは構築美であり、この騒々しさとは相容れないと感じた。

それから時間を置いて聴き直したとき、印象は変わった。随所に音の遊びが仕込まれていて、ロックの枠組みをはみ出していこうとする、強いバンドの試行性が見えてきた。ロックを色々聴いてきた耳には、かえって新鮮に映った。

そしてそのPanda Bear(Noah Lennox)が、Spacemen 3のPete Kember(Sonic Boom)と組んだ『Reset』(2022年)にも、ラジオのプレイリスト経由で偶然出会った。世界的にはとうに評価が定まっている音楽でも、こういう偶然の回路を通さなければ辿り着けないことがある。そのことを、このアルバムはあらためて実感させてくれた。

以下、Feels、Reset、そして現在進行形の最新作A ? of WHENについて、この耳に残った先鋭性を軸に書いていく。

Feels(2005年、Animal Collective)

『Feels』(2005年)は、Animal Collectiveがロックという語彙を使いながら、その文法そのものを踏み越えようとした一枚だ。

Animal Collective - Did You See the Words

アルバムの幕開けを飾る「Did You See the Words」からして、その姿勢は明らかだ。

きっかけは、友人の狂った調律のピアノだった。Avey TareとGeologistがその音を録音してループを作り、ギターの方をそのループに無理やり合わせてチューニングした。標準的な半音単位のズレではなく、長年調律されなかったピアノが自然に持つ、微分音的な狂い方。その歪んだ基準に律儀に従わされたギターが、この作品特有の「水っぽい」音の正体だ。制御できない偶然性を、あえて骨格に組み込むという発想がここにある。

その骨格の上で、ギターとベースはミニマルな反復を繰り返す。Daffy Duckのような曲では、この反復がただの単調さに堕してしまい、正直に言って退屈だ。ドラムの推進力を欠いたまま同じフレーズが続き、聴いていて集中が切れる。

しかし、この実験の「失敗」と「成功」は紙一重だ。同じ反復という手法が、GrassやThe Purple Bottleのような曲ではまったく違う効果を生む。反復するギターとベースが変わらない容れ物であり続けるからこそ、その上でシャウトが暴れても、音楽は崩れない。Avey Tareの叫びは、パンクロックのようにノイズを突破するための叫びではない。むしろタムの連打やハーモニーに溶け込み、動物の鳴き声のような音響的な質感として機能する。攻撃ではなく、リズムの一部としての叫び。ハーモニーがその叫びを”受け止める”構造になっている。

Daffy Duckのような駄作を含みながらも、アルバム全体としては、この先鋭性が一貫して貫かれている。

Reset(2022年、Panda Bear & Sonic Boom)

『Reset』(2022年)もまた、Feelsと同種の先鋭性を持っている。ただしその素材と手つきは違う。

Panda Bear & Sonic Boom - Everyday

Sonic Boomは、Eddie Cochran、The Everly Brothers、The Troggs、The Drifters、Randy & the Rainbowsといった50年代・60年代のポップスから、曲の「イントロだけ」をループ素材として抜き出した。本編ではなく助走部分にこそ可能性があると見抜いた、その着眼点自体が一種の遊び心だ。甘く親しみやすいはずの元ネタは、Eventide H910やTeenage Engineering OP-1といった、パターン生成に長けた機材を通ることで、単なる懐古から引き剥がされる。感情的でノスタルジックな素材を、あえてループという反復構造に落とし込む――この工程を経て、生々しい感情と反復のミニマリズムは、対立するどころか奇妙に混じり合っていく。

サンプリングされたループや電子音のパターンが遊び心を加え、Lennox自身が弾くベースの低音がその輪郭を支える――Resetの骨格はこの往復でできている。Noah Lennoxのレイヤードされたヴォーカルハーモニーは、Animal Collective譲りの厚みを持つが、Feelsのように叫びが荒々しく突出することはない。声を重ねることで、一つ一つの声の輪郭が薄れるのではなく、歌声そのものの印象が深まっていく。甘さに流れきる前に、低音がそれを地面に繋ぎ止めている。

音楽メディアThe Quietusが「ResetはAnimal Collectiveの疾走感に満ちている」と評したのは、この点においてまさに的確だ。Feelsがロックの語彙(ギター、ドラム、シャウト)を使いながらその文法を踏み越えていったように、Resetは50〜60年代ポップスの語彙を使いながら、それを現在形のエレクトロニック・ミュージックとして踏み越えていく。素材も出自も違う二人が、初めて対等な名義で組んだときに生まれたのは、それぞれが別々の場所で培ってきた「枠組みを飛び出す」力の、思いがけない合流点だった。

A ? of WHEN(2026年、進行中)

最新作『A ? of WHEN』(2026年)は、ストリーミング非配信のため現時点でタイトル曲一曲しか聴けていないが、印象としては『Reset』の延長線上にあるように感じられた。

Panda Bear & Sonic Boom - A ? of WHEN

結び

正直に言えば、私の音楽の聴き方とは、根本のところで相性が良くない。私にとって音楽とは、作曲者の感情やカタルシスを表現するための器ではなく、それ自体で自立した構造の強度を持つものだ。12世紀のオルガヌムからバッハに至る系譜への偏愛も、ロマン派の情感過多を一種の妥協と見なす感覚も、そこに由来している。

Feels、Reset、そして『A ? of WHEN』――ここまで辿ってきた三枚は、どれもその基準からすれば「感情を隠さない」音楽だ。狂った調律のピアノに無理やりギターを合わせるという偶発性、そこにシャウトとハーモニーが溶け合う荒々しさ。50年代・60年代ポップスの甘さを電子音のエッジで引き締めながらも、その芯には低音とコーラスが運ぶ生々しい感情が残り続ける。

だから正直に書いておく。何度も聴き返していると、この感情の押しつけがましさに飽きてくる瞬間がある。低音とコーラスが繰り返し訴えかけてくるその生々しさは、一度ならず心を動かすが、常時それに付き合わされると、こちらの側にも防御反応が生まれる。毎日聴きたい音楽ではないし、正直に言えば、聴き疲れる音楽だ。この違和感は、隠す必要のないものだと思っている。

それでも、初めて『Feels』を耳にしたときの「うるさい」という拒絶反応から数年を経て聴き直したとき、そこにあった音の遊び、ロックの枠組みを踏み越えようとする実験性は、紛れもなく私を捉えた。彼らの生々しさや偶発性は、感情をただ垂れ流すためではなく、音楽の構造そのものをこじ開けるために使われている。押しつけがましさを隠しきれていないと感じながらも、それでも無視できない力でこちらに訴えかけてくるのは、その先鋭性ゆえだと思う。