あなたはもう聴いている:Penguin Cafe Orchestraという忘れられた名前

ある日、BBC Radio 3の「Late Junction」から流れてきた音楽に、私は手を止めた。弦楽器とギターが踊るように絡み合う、聴いたことのない音楽だった。曲名とバンド名をメモして、アルバムを聴き始めた。そうして何枚か掘り進めていくうちに、ふいに気づいた瞬間があった。HPのCMで何年も耳にしていた、あの旋律が流れてきたのだ。

Penguin Cafe Orchestra。その名前を知るまで、私はすでに何年もその音楽とともに生きていた。

「知っているけれど、誰の音楽か知らない」。Penguin Cafe Orchestraとはそういう存在だ。

食中毒の夢から生まれた音楽

Penguin Cafe Orchestraを語るには、まず1972年の南フランスから始めなければならない。イギリス人ギタリストのSimon Jeffes(サイモン・ジェフス)は、そこで腐った魚を食べて体調を崩した。病床に就いたSimonは、高熱のなかで奇妙なビジョンを繰り返し見た。

そのビジョンをArthur Jeffes(Simonの息子)が後年こう語っている。「父は近未来の悪夢を見た。人々はコンクリートの巨大な建物に住み、画面を見つめて生きていた。部屋の隅には大きなカメラがあり、常に監視されていた。ある部屋では愛のないセックスをしているカップルがいて、別の部屋では膨大な機材に囲まれたミュージシャンがいた――しかしヘッドフォンをつけているので、部屋には実際には音楽が鳴っていなかった」

この非人間的な世界の対極にあるものとして、Simonは夢のなかで「ペンギンカフェ」を見た。薄暗い道を歩いていくと、光と騒音があふれ出る古びた建物がある。中に入ると長いテーブルがあり、見知らぬ人々が肩を並べて座っている。奥では楽団が演奏している——どこかで聴いたことがあるような、でも思い出せないような音楽を。

熱が下がったSimonは決意した。その夢の楽団が奏でる音楽を自分で書こう、と。そうして1972年に生まれたのがPenguin Cafe Orchestraである。

「オーケストラ」という名の室内楽

「Orchestra(オーケストラ)」という名称から、多くの人は大編成の管弦楽団を想像するだろう。だが実際のPenguin Cafe Orchestraは、その言葉のイメージとはかけ離れた、小さなアンサンブルだった。

ギター、チェロ、ヴァイオリン、ウクレレ、トロンボーン、打楽器。メンバーは曲によって流動的に変わり、ハーモニウム(足踏み式オルガン)やペニーホイッスル、さらにはゴムバンドや電話の発信音まで楽器として用いた。これはどう見ても室内楽——あるいはそれ以上に自由な、カテゴリーを拒む音楽だった。

「Orchestra」という名称はSimonのユーモアであり、音楽的なマニフェストでもあった。権威ある響きを持つ言葉を借用しながら、その概念を静かに解体する。大ホールを満たすような音楽ではなく、カフェの奥で演奏されるような、親密で体温のある音楽。それがSimonの目指したものだった。

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「Perpetuum Mobile」(1987年)。15/8拍子という変拍子で書かれたこの曲は、終わりそうで終わらない、永遠運動機械のような感覚を持つ。『The Handmaid's Tale/侍女の物語』のTVドラマや映画『Mary and Max』のテーマとしても知られる。

同時代の音楽と、イギリス的なもの

1976年にデビューアルバムをリリースしたPenguin Cafe Orchestraは、同時代のさまざまな音楽の流れの上に立っていた。

アメリカではSteve ReichやPhilip Glassがミニマル・ミュージックを展開していた時期だ。繰り返しのパターン、声部の積み重ね、静かな変容——PCOの音楽にもそれに似た構造がある。しかしミニマリズムの持つ抽象性や冷ややかさとは、PCOは明らかに一線を画している。

現代音楽としてのミニマル・ミュージックが知的な構造美や厳格さを追求するのに対し、PCOの音楽には底抜けの遊び心がある。ゴムバンドを楽器にしたり、電話の発信音をループさせたり、「Telephone and Rubber Band」という曲名そのままに笑いを音楽に持ち込む。変拍子も複雑な対位法も、PCOの手にかかれば難解さではなくユーモアになる。ミニマリズムの語法を借りながら、その緊張感をほぐしてしまう——そこにSimon Jeffesという人物の独自性があった。

その遊び心の源泉のひとつが、イギリスおよびアイルランドの伝統音楽(トラッド)にあると思う。トラッドには、リールやジグといった舞曲のために短いフレーズを繰り返す構造が古くから根付いている。踊り続けるための反復、少しずつ変化しながら循環するメロディ——それはミニマル・ミュージックが知的に追求したものと、形は違えど本質的に近い。PCOはその二つの反復を、学術的な文脈ではなく身体的な喜びとして音楽に持ち込んだ。

象徴的なのが「Music for a Found Harmonium」の誕生秘話だ。Simonが日本ツアー中に路上で偶然見つけた古びた足踏みオルガン。その不完全な楽器から生まれたシンプルなメロディは、あまりにも自然にアイルランドのリール(伝統舞曲)の文法に溶け込んでいたため、Patrick Street、De Dannan、Kevin Burke、Sharon Shannonといったトラッドの名手たちが「自分たちの音楽」として次々とカバーしていった。クラシックでも現代音楽でもなく、人々が踊り、笑い、騒いできた音楽の記憶——それがPCOのユーモアと遊び心を支えていた。

デビューアルバムはBrian Enoが主宰したObscure Recordsからリリースされた。Enoのアンビエント音楽は「聴かれることも、無視されることもできる」という静的な空間の提示だった。対してSimonのビジョンは、人々が集まるカフェという場所の熱量やノイズを内包するものだった。PCOの音楽がどこか人懐っこいのは、Enoの「無人」の気配に対して、常に体温のある他者を感じさせるからかもしれない。同じ頃、Kraftwerkはテクノという新しい音楽の言語を作り出していた。PCOはそれらの同時代的な問いを共有しながら、しかしより人間的な方向へ、より温かい場所へ向かった。

フォークの躍動感、ミニマリズムの構造、アンビエントの空気感、そして室内楽の親密さ。これらをイギリス的な叙情性でひとつに溶かしたもの——それがPenguin Cafe Orchestraの音楽だったと思う。Philip Glassの冷たさもなく、Enoの没個性もなく、Kraftwerkの機械性もなく、もっと人間的で、もっとほころびがあって、もっと笑いがある。

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「Music for a Found Harmonium」(1984年)。路上で見つけた足踏みオルガンからインスピレーションを得た楽曲。アイルランドのトラッドミュージシャンたちにカバーされ、映画「Napoleon Dynamite」でも使用された。

成功と、忘却と、遍在

Penguin Cafe Orchestraは「無名」ではなかった。1987年のアルバム「Signs of Life」はイギリスのチャートにランクインし、世界中をツアーした。日本でも人気を博し、ロイヤル・バレエが彼らの楽曲をバレエ作品に採用した。The South Bank ShowやTerry Woganのテレビ番組にも出演した。

しかし私が生まれた年(1976年)にデビューアルバムがリリースされた彼らの音楽は、今となっては「古い」。ストリーミング時代のアルゴリズムは新譜を優先し、Simon Jeffesは1997年に脳腫瘍で48歳の若さで世を去った。新しい音楽が生まれることも、新しいツアーが行われることもなくなった。

それでも音楽は生き続けた。映画のスコアとして、テレビドラマのサウンドトラックとして、CMの背景音楽として。HPを筆頭に数多くの企業広告に使用され、『The Handmaid's Tale/侍女の物語』『Mary and Max』『Napoleon Dynamite』『Capitalism: A Love Story』——これほど多くの映像作品にPCOの音楽が使われてきた。

「知っているけれど、誰の音楽か知らない」現象は、つまりこういうことだ。音楽は知名度を失った後も、別の回路で人々の耳に届き続けた。名前だけが、時代の流れのなかに置き去りにされた。

息子が継いだもの

Simon Jeffesの死から10年後の2007年、元メンバーたちがロンドンのUnion Chapelで追悼コンサートを開いた。そのステージに、Simonの息子Arthur Jeffes(アーサー・ジェフス)がパーカッションとキーボードで参加した。3公演はすべて売り切れだった。

その反響に背を押されたArthurは、2009年に「Penguin Cafe」という新たなバンドを結成した。元PCOのメンバーは一人も含まれない、全く新しいアンサンブルで。

Arthurはケンブリッジ大学で考古学と人類学を学んだ知性の人であり、同時に実験音楽への情熱を持つ音楽家でもある。幼少期にピアノの鍵盤をハンマーで叩いたエピソードが伝わっているが、父Simonはそれを「実験精神の芽生え」と捉えたという。

Penguin Cafeとして5枚のアルバムをリリースし、そのすべてがErased Tapes——Nils FrahmやÓlafur Arnalds、Johann Johannssonを擁するポストクラシカルの名門レーベル——から出ている。この事実は、ArthurがただSimonの遺産を守るだけでなく、現代のポストクラシカルやネオクラシカルの文脈にPenguin Cafeの音楽を新たに位置づけていることを示している。

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Penguin Cafeに息づく反復構造とユニークな遊び心のなかに父親の作り出した音楽の影響の大きさを見て取るのはたやすい

カフェの奥で、今も

最新アルバム「Rain Before Seven…」(2023年)は、Arthurが率いるPenguin Cafeの現時点での到達点だ。「Rain before seven, fine before eleven(七時前に雨が降れば、十一時には晴れる)」という古いイギリスの天気のことわざをタイトルに持つこのアルバムは、父の音楽の精神を引き継ぎながら、Arthurの独自の声でそれを語り直している。

ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、打楽器にバラフォン、ウクレレ、メロディカ。Simonがゴムバンドや電話音を楽器にしたように、Arthurも「予想外の音」を室内楽の文脈に持ち込む。その姿勢は一貫して父の哲学に忠実だ——「面白い、少し変な発想を取り上げて、変なことをする。でも美しく、感情的にアクセスできる音楽として」。

夢のカフェは今も続いている。奥の楽団は演奏を続けている。そしてあなたはきっと、すでにその音楽を聴いている。ただ、その名前を知らなかっただけで。