アイスランドのポストクラシカル作曲家二人:ヨハン・ヨハンソンとオーラヴル・アルナルズ
概要 廃棄されたIBMコンピュータの「葬送の儀式」を録音したテープが、なぜあれほど祈りのような音楽になったのか。メタルバンドのドラマーが、なぜピアノと弦楽器で世界を動かす作曲家になれたのか。音楽産業が存在しないアイスランドという島国が生んだ二人——ヨハン・ヨハンソンとオーラヴル・アルナルズ——の軌跡を辿りながら、「ジャンルの壁を知らずに育つこと」が音楽に何をもたらすかを考える。
ポストクラシカル音楽には、ロイヤル・アカデミーやバークリーで鍛えられた作曲家たちとは別の系譜がある。それは、ジャンルの壁を知らずに育ち、電子音もクラシックの語法も等しく「使える素材」として手に取る人間たちの系譜だ。アイスランドという、音楽産業のインフラがほとんど存在しない島国が生んだ二人の作曲家——ヨハン・ヨハンソンとオーラヴル・アルナルズ——は、その最も鮮やかな例だ。
ヨハン・ヨハンソン(1969–2018)——廃棄されたコンピュータの挽歌
正規教育なき独学の作曲家
レイキャヴィーク生まれのヨハン・ヨハンソンは、本質的に独学のミュージシャンだった。10代からバンドで演奏を始め、インディーバンドDaisy Hill Puppy FarmやオルタナロックバンドHAMで活動しながら、徐々に作曲へと軸足を移していった。正規の音楽院でカリキュラムを学んだわけではない。それが彼の音楽から、学術的なミニマリズムとも映画音楽的な感傷主義とも異なる、独特の乾いた感触を生んでいる。
IBMコンピュータの音——父が遺したテープから
ヨハンソンの代表作のひとつ、IBM 1401, A User's Manual(2006)は、ある家族の記憶から生まれた。1964年にアイスランドに初めて導入されたIBM 1401メインフレームコンピュータ。7年後、新しいモデルに置き換えられることになったこの機械の最後の「演奏」を、チーフエンジニアだった彼の父、ヨハン・グンナーソンがリールテープに録音していた。
父は、特定のプログラムを走らせることでコンピュータが発する迷走電磁波をラジオで受信できることを発見し、そこから音楽的な音程を引き出した。これはコンピュータ音楽の初期的な形態だった。
IBM 1401は音楽を演奏するように設計されてはいなかった。しかしそのオペレーターたちはコンピュータに「歌う」能力を与え、プログラムによってアイスランドの賛美歌「Ísland Ögrum Skorið」(作曲:Sigvaldi Kaldalóns)を演奏させた。廃棄される前には小さな「葬送の儀式」を行い、感謝と悲しみを記録した。コンピュータが賛美歌を歌うという行為は、あのアルバムが纏う「祈り」のような性質の、文字通りの起源である。
ヨハンソンはこのテープを素材に、弦楽オーケストラと電子音を組み合わせた作品を作り上げた。廃棄された機械への哀悼、テクノロジーへの郷愁——そのような感情を、正規の訓練を受けていないからこそ臆せず「音楽の素材」として扱えたのではないか。学術的な作曲教育は、ときに「正しい素材」と「そうでないもの」という境界を引いてしまう。ヨハンソンにはその境界がなかった。
コペンハーゲンを切り取った映像作品——隠れた名作
ヨハンソンはMax KestnerによるドキュメンタリーFilm「Dreams in Copenhagen」の音楽も手がけており、これはコペンハーゲンの日常的な映像を静かに切り取った作品のための音楽だ。派手さを排した、しかし深く呼吸するような音楽で、代表的なフィルムスコアと比べるとほとんど語られることがないが、ヨハンソンの本質がもっとも静かに凝縮された作品のひとつだ。
48歳での死
ヨハンソンは2018年2月9日、ベルリンにて48歳で死去した。死因は心不全で、コカインと風邪薬の致死的な組み合わせが原因とされた。その死の2年後、彼が監督・作曲した唯一の長編映画「Last and First Men」は第70回ベルリン国際映画祭で初上映され、広く絶賛された。彼が最も創造的な時期にあったまま逝ったことは、現代音楽にとって大きな損失だった。
オーラヴル・アルナルズ(1986–)——メタルドラマーからポストクラシカルへ
メタルバンドのドラマーという出発点
1986年、レイキャヴィーク近郊のモスフェットスバイル生まれのオーラヴル・アルナルズは、ハードコアパンクやメタルバンドのドラマーとしてキャリアをスタートさせた。ピアノと弦楽器による繊細なポストクラシカルで知られる現在の姿からは想像しにくいかもしれない。しかしこの出自こそが、彼の音楽の特質——リズムへの本能的な感覚と、ループ構造に対する身体的な親しみ——を形成している。
正規のクラシック音楽教育を受けていないアルナルズが、ミニマリストの技法に影響を受けたとすれば、それはスティーヴ・ライヒやテリー・ライリーの理論書からではなく、エレクトロニカやループミュージックを通じた経路だった可能性が高い。繰り返しのパターンとその微細な変化で空間を作るという方法論を、彼はアカデミックな文脈ではなく、クラブミュージックの身体感覚から学んだのかもしれない。
偶然のきっかけ——インスト作品への転身
アルナルズのポストクラシカルへの転身はほとんど偶然の産物だった。ドイツのメタルバンドHeaven Shall Burnが彼の自室録音のデモを耳にし、2004年のアルバム「Antigone」への参加を依頼した。そのアルバムを聴いた新興レーベルErased TapesのRobert Rathsが感銘を受け、アルナルズにフルアルバムの制作を打診した。こうして生まれた2007年のデビュー作「Eulogy for Evolution」が、彼の作曲家としてのキャリアを開いた。
re:member——エレクトロサウンドとの軽やかな融合
2018年のre:memberは、アルナルズの電子音楽との関係が最も自然な形で結実した作品だ。このアルバムの核心にはStratusという彼独自のシステムがある。Stratusは、アルナルズが中央のピアノで音を弾くと、二台の自動演奏ピアノが異なる音符を生成し、予期しないハーモニーと意外なメロディのシーケンスを作り出す、半生成的なシステムだ。
ここで起きていることは、ミニマリズムの現代的な読み替えだ。ライヒが位相のズレで作った「ずれの音楽」を、アルゴリズムと自動演奏ピアノで再解釈している。しかしその結果は学術的な実験ではなく、驚くほど温かく、哀愁を帯びた音楽になる。
Kiasmos——アンビエントテクノへの越境
2009年、アルナルズはフェロー諸島出身でレイキャヴィーク在住のプロデューサー、Janus Rasmussen(アイスランドのエレクトロポップバンドBloodgroupのメンバー)とともに、実験的テクノプロジェクト「Kiasmos」を立ち上げた。
Kiasmosはアルナルズのソロ作品とは明確に異なる世界を持つ。テクノビートの上にアンビエントな空気感が漂い、クラブミュージックとポストクラシカルの境界を意図的に溶かしていく。メタルドラマーの出自を持ちながらポストクラシカルを作る人間と、エレクトロポップの人間が出会ったとき生まれる化学反応——それが「踊れそうでいて、どこか遠くを見ているアンビエントテクノ」というKiasmosの独特の質感だ。
もう一つの極:ヤヌス・ラスムセンという「引き算」の美学
Kiasmosをアルナルズ単体の課外活動として片付けることはできない。このプロジェクトが単なる「ストリングスを乗せただけのクラブミュージック」に陥らなかったのは、もう一人のメンバーであるヤヌス・ラスムセンの存在があるからだ。
アルナルズが室内楽の文脈からビートへとアプローチしたのに対し、ヤヌスは純粋な電子音楽・エレクトロポップの現場からキャリアを始めた人間だ。ソロアルバムVín(2019年)や、より野心的な展開を見せたInert(2026年)を聴くと、彼がいかに「音の隙間」をコントロールすることに長けたアーティストであるかがよく分かる。Inertではボーカルをこれまで以上に取り入れながら、ダンスミュージックのスペクトルから新たなエネルギーを引き出している。
ヤヌスの鳴らすミニマル・テクノは、過度な装飾を削ぎ落としたアコースティックな質感と、冷徹でありながらどこか哀愁を帯びた電子音の設計が特徴だ。その細部への執拗なこだわりとサウンドデザインの精度が、アルナルズの持つ叙情的なピアノの旋律と出会った。
クラシック側から越境したアルナルズと、電子音楽側から引き寄せられたヤヌス。Kiasmosという交差点は、異なるスタートラインから同じ「静謐な場所」を目指して合流した、必然の産物なのである。
二人を貫くもの——ジャンルを知らない島国の自由
ヨハンソンもアルナルズも、正規の音楽院教育を受けていない。アルナルズ自身が語っているように、アイスランドには音楽産業のインフラがほとんど存在しないために、アイスランドのミュージシャンはクリエイティブな壁を軽やかに飛び越える大胆さを持っている。廃棄されたコンピュータの音を弦楽オーケストラと並置することも、メタルドラマーが自動演奏ピアノのアルゴリズムを開発することも、「これはやっていいのか」と問う前に手を動かす自由から生まれる。
そしてそれこそが、彼らの音楽が持つ独特の軽さ——学術的な重さも、ポップの計算高さもない、ただ音楽が「こうあってほしい」という直感の産物——の源泉なのだと思う。
小さな島が生んだ密な交流——正規教育を補完したネットワーク
アルナルズ自身がインタビューでこう語っている——「音楽をやっていれば、他の音楽家を全員知っている。競争がない。なぜなら何のために競争するの?音楽で稼ぐこともできないし、有名にもなれない」と。音楽産業のインフラがほとんど存在しないアイスランドでは、逆にミュージシャン同士の距離が異常に近い。
この「狭さ」が生んだ最も重要な交流のひとつが、ヨハンソンとクラシカルチェリストのヒルドゥル・グドナドッティルの関係だ。
ヨハンソンとヒルドゥル——Kitchen Motorsから始まった30年
ヨハンソンは1999年、Kitchen Motorsという組織の共同設立者となった。これはレイキャヴィークを拠点にしたシンクタンク・アート組織・音楽レーベルの複合体で、パンク、ジャズ、クラシック、メタル、電子音楽といった異なるジャンルの人間を横断的に引き寄せ、新しいハイブリッドを生み出すことを目的としていた。ヨハンソン自身は「すでにあった機会を増幅しようとした。ジャズ、クラシック、電子音楽、パンク、メタルの人間を集め、新しい混交を促した。私自身の音楽はあの実験から生まれた」と語っている。
このKitchen Motorsの活動を通じて、ヨハンソンはヒルドゥル・グドナドッティルと出会った。ヒルドゥルはレイキャヴィーク音楽アカデミーでチェロを学び、アイスランド芸術大学とベルリン芸術大学で作曲と新メディアを修めた、正規教育を受けたクラシック奏者だ。後にOscar、Grammy、Emmy、BAFTAを受賞することになる彼女と、独学のヨハンソンは1990年代後半に深い友情を築いた。
二人はベルリンでスタジオを共有していた時期もあり、ヨハンソンの映画スコア(Sicario、Arrival、Mary Magdalene)ではヒルドゥルがチェロ奏者・共同作曲家として参加している。ヒルドゥルはヨハンソンについてこう語っている——「私たちは言葉ではない場所で出会った。魂が絡み合い、そして今日まで絡み合ったままだ。私たちは共に成長した」と。
独学の作曲家と正規訓練を受けたチェリストが、国際的な映画音楽の世界で互いを補い合うように協働したこの関係は、アイスランドの音楽コミュニティが持つ特質——ジャンルも教育背景も関係なく、音楽的に共鳴する人間同士が引き寄せられる場の力——を体現している。
アルナルズとErased Tapesのネットワーク
アルナルズの場合、正規教育の代わりに機能したのはErased Tapesというレーベルが形成したコミュニティだった。同レーベルのピアニスト、ニルス・フラームとの関係がその典型で、二人は2012年以降ベルリンとレイキャヴィークのスタジオで無数の即興セッションを重ね、複数のコラボレーション作品を生み出した。フラームはクラシックピアノの訓練を受けた作曲家だが、アルナルズとの即興では互いの差異が逆に豊かな摩擦を生んでいる。
また、アルナルズが2016年に行ったプロジェクト「Island Songs」では、アイスランド各地の伝統的な合唱文化やポエトリーシーンに関わる演奏家たちと一週間ごとに新曲を共同制作した。メタルドラマー出身の彼が、アイスランドの伝統的な音楽的知性と直接接続していく過程そのものが記録されている。
考察——「狭さ」が可能にしたこと
正規のクラシック教育を受けていないヨハンソンやアルナルズが、なぜあれほど精緻なオーケストラ語法を操れるのか。その答えの一端は、アイスランドという閉じた音楽コミュニティにあるかもしれない。人口35万人の島国では、電子音楽出身の独学作曲家がクラシック奏者と日常的に同じ空間に居合わせ、互いの語法が自然と染み込んでいく環境がある。
正式な学位ではなく、隣にいる人間から学ぶ——そのような有機的な音楽教育の場が、レイキャヴィークには機能していたのではないか。ヨハンソンとヒルドゥルの30年近い関係も、アルナルズとフラームの継続的な即興も、その仮説を支持している。




